投稿日:2009-11-07 Sat
初代ガノタの嘆きをエロゲオタの俺もEveで疑似体験したでござる。http://blog.livedoor.jp/htmk73/archives/658790.html
> 初代EVEバーストエラー 再版・リメイクの変遷
>
> 1. 初代PC-9801版(1995-11-22発売)
> 2. PC98のWindows移植版
> 3. SEGAサターン版
> 4. サターンのWindows移植版
> 5. WindowsDVD版
> 6. Windowsミレニアムパック版
> 7. PlayStation2版
> 8. PS2のWindows移植版
> 9. PC98のメガストア付録版(なんど無料!)
>
> 今回で10回目の再版リメイクw
について思ったこと。
退化も進化の一種でしょ?
きっと進化の反対は無変化。
でも、僕は変わっていってるよ。(からくりサーカス)
個人的な好悪は置いといて、これは素直に受け入れるべきでしょう。
絵師さんには同情こそすれ批判すべきじゃないな。
批判すべきは「設定を大幅にいじる能力(愛情)もない」のに
装いだけ変えて出そうとする販売元だと思う。
ギャルゲって組み合わせだから、ひとつだけ大きく変えたらそれは別作品なんですけどね。
そして、だれも得しないこの作品が出されなければいけないのは、
マイケルジャクソンが借金返済のために最後のコンサートを実行しよう
としたのと似て、非常に不吉な香りがする。
ぶっちゃけ金がないんですかねぇ・・・。(権利関係がわからん)
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こっから先はまとまってません、ごめんね。
このリメイク、最初っから「時かけ」と同じような問題を抱えているわけです。「櫻の園」でも可。
「時をかける少女」を原作のまんま、その雰囲気を表現したら、絶対今の人にはつまらない。
「古典やコレクターアイテムとして楽しむ」なんてのが一般的なわけはない。
だから、現代に持ってくる際は、当然すべてを現代に合わせて変える必要がある。
絵柄だけ変えるとか、登場人物の設定だけ変えるとか、時代だけ2009年にするとか
そういうどれか一つだけ・・・という風にはできないのです。
そういうアレンジを見事にできてるという意味で、細田監督パネェっす!といえるでしょう。
ではEVEも同じようにやればいいじゃんって話にはなるんですが、
この作品、だてに今でもYU-NOと並んでギャルゲ最強を名乗ってない。
単純に面白いだけじゃなくて、いろいろブラックボックスがあって、それは
現代版にアレンジする際にどういう効果を発揮するのか図ることができない
「誰が時代に合わせて変えますか?」って言われると誰もできない。
装いやら声優やら、表面だけいじって何とかごまかしつつ提供し続けるしかなかった。
でも、もうごまかしがきかなくなってしまった。
2006年に「EVER17」で有名な打越さんが「EVE-NEW GENERATION」を作ったけど、
これはリメイクじゃなくて、全く別の作品だった。
よい出来だったとは思うけれど、かつての一大ムーブメントを起こすほどの力は発揮されなかった。
そしてついに耐用年数過ぎてしまった。
非効率なシステムも、キャラの性格も、すべてが受け入れられなくなった。
私含めてユーザも我慢弱くなった。「かわいい」女の子とのいちゃいちゃというご褒美がないと楽しめなくなった。(ぶっちゃけニトロのゲームとかもうキツイ・・・。シュタインズゲートがPCに来てもできるかどうかわからん。
結果、「428」ですらPSP市場では全然売れなかったとか。
じゃあどうするか。粉飾するしかないでしょ。
もともとこのゲームに関してはリメイクとして旧作ファンに売るつもりはない。
EVEのストーリをまだやったことない人に手に取ってもらってプレイしてほしい。
そのためには、多少卑怯でも、ごまかしででも買ってもらわなければいけない。
となると、どちらかというと古臭いゲームの雰囲気だからこそ、その古臭さを隠そうとして
過剰なくらいポップな感じにしてしまうのは人情というものだと思います。
前知識なしでこんな絵柄のエロゲがあったら絵が理由では買わないだろうけれども、
これでストーリが面白いという評判なんだったら買ってもいいかなレベルではあります。
いいたかったことはこれだけ。
旧VERにおいて、絵はキャラ魅力を最大限引き出すためにありましたが、PSP版では、濃すぎるキャラの臭いをむしろ「隠す」「抑え込む」ためのものになるのではないでしょうか。
(2)システムの話
本当はこっちが本題だったんだけれど、疲れたのでやめ。
生きた町やら人を表現する「システム」として、情報量を増やす方法として
TWITTERやらラブプラスと交えて話ししたかったんだけど
だれも興味ないよね。ごめんね。長々と。
まぁわかったことは。
一番の敵は「部外者」と「足を洗ったと主張したがる旧オタ」だということ。
ぶっちゃけ、知らん人とかからしたらもう絵は問題じゃないし、
思い入れの薄い人からしても絵は問題じゃないのだろう。ストーリだけ覚えてりゃいいと。
私も早くオタどもに「この裏切り者」といわれる境地に立ってみた・・・くはないな。
とりあえずPSP版はだれかに本体ごとカリて3日くらいでクリアしたい。
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投稿日:2009-11-03 Tue
この記事はタイトルだけTwitterのつぶやきのように処理してください。後はすべて蛇足です。とりあえず自分で解説するよりこのページ読んで。今回言いたかったのそれだけだから。
(全部同じブログのBLUEDROP感想)
http://d.hatena.ne.jp/makaronisan/20070602/1180722648
http://d.hatena.ne.jp/makaronisan/20070622/1182447342
http://d.hatena.ne.jp/makaronisan/20070113/1168623275
http://d.hatena.ne.jp/makaronisan/20070228/1172598209
進化の究極形態が少女だということ。
「少女イメージ」を蒸留して純化していくと、その「少女イメージ」は「男性の都合のいい方向に従化されていく」か、「異性に心を傾けなくなる」かの二通りに向かっていくと思います。それが「男性視点の、憧憬としての百合」へと変貌していくんじゃないかな?なんて仮説を立ててみます。今回はそんなお話。
とりあえず東方好きなら読んどけ的な作品。
といっても「私の東方観では」なので、他の人にはどうか知らん。
ある意味私の東方観を伝えるのにこれほど便利な作品はないなーと。
<続くの先は「東方」の話というか、私のグチなので興味ない人はそのままお帰りください>
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投稿日:2009-11-01 Sun
http://migzou.blog84.fc2.com/blog-entry-276.html>先輩や友人からお勧め作品を貸し合ったり、談笑する事によって知識や礼儀を継承されていくのが当たり前だったオタク第二期世代のわたくしとしては、臆面もなく自分の知識不足を吐露したり、増してや乱暴な口調で他人のブログに罵倒を書き逃げしていく人たちを見て、「オタクは死んだ」と嘆いた岡田斗司夫氏の心境が身に染みて理解出来た気がすると同時に、何ともやりきれない気持ちになりました。
>発言をメタ的に捉えず、額面通りに受け取ってしまう人が大多数だった
>自分の趣味がどのような歴史によって成り立っているか。その全てを理解しろとは言いませんが、最低限の知識と先人に対する敬意だけは持って欲しい。それが自分の趣味に対する基本的なマナー
そのあたりは、これと同じ問題がおきてるのかもしれんね。
http://www.nurs.or.jp/~ogochan/essay/archives/2095
嫌煙家は喫煙者はマナーが悪いと言う。しかし、その攻撃は実は誤りだ。本当のところはマナーを知らないという無知の結果なのだ。タバコに関する情報が世の中にあまりないから、不愉快な喫煙者がいたり、不毛な禁煙論争が起きたり、意味もなくダラダラ喫う奴とかがいるのではないだろうか? どうもこの現状は、双方にとって不幸なように思う。
マナーとか常識が崩壊しはじめたときって、
そういう基礎的な知識の媒介人が存在しないということではないか、
あるいは「悪影響」を及ぼす媒介人が一定数出現したのではないかと考えるべき。
というのが「ティッピング・ポイント」という本からの受け売りだけれども。
もうちょっと自分の感覚に直すと、
コミュニケーションに今までなかった壁できてるわけだから
まずその理解をした方がいいんじゃないかと思ったり。
で、これはオタクの世界でもそうなんじゃないかと。
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で本題。まじめな話、東京はどうか知らんけど、
オタクの人らがどうやってコミュニケーション確保してるのか、ってのがよくわかってない。
Wikipediaやら評論家の人にいろんな定義があるようだけれど
ごちゃごちゃした論理を学ぶのが面倒くさいので
「自分に必要な範囲だけ」「自分の感覚に頼って整理して」
間違いだったら指摘してもらおうなどと都合のよいことを考えている。
というわけでWikipediaの3段階の分類は無視して6つの段階に分けてみた。
第二〜第三世代の上の方の人間からすれば、
第三世代以降を分けることに意味は感じないだろうし、
第四・第五世代の人間からすれば、
自分は第二〜第三世代(中流)でいたいと思うだろうから
この分類で不快になられるかもしれませんが、
この分類は私がそう感じるというだけで、押し付けるつもりは全くありません。
実際こういう風に理解しないと、
「私は」コミュニケーションで壁やすれ違いを感じることが結構あります、というお話。
コミュニケーションに限って言えば自分の中ではオタク世代はこんな感じなわけです。(物語性やテーマについては時代性に準拠するけれど、ここで問題になってるのは「コミュニケーションのありかた」でしょ?それは「世代」はともかく「時代」は関係ないと思う)「世代」という表現に抵抗があれば「性質の変化」くらいに考えていただければ。
■オタク第一世代(創始者。クリエイター的思考。
すべて手探り。言葉作りからコミュニケーションを始める。)
↓
■オタク第二世代(弟子。直接の創始者から学ぶ層。歴史編纂作業を行う
上意下達を前提としたコミュニケーション)
↓
■オタク第三世代(歴史として学習する層。 テンプレ・デザイン化作業を行う
最もコミュニケーションが容易)
↓
■オタク第四世代(直感的選択層。個別に解釈して個別に楽しむ。
多様性の時代。コミュニケーションコストが増大。
かなりのメタ知識と高度な情報交換能力が必要。
能力があればオフ会参加やサークル主宰など。
能力が低ければ身近な少数の友人やネット限定の付き合いなど)
↓
■オタク第五世代(コストの極端な増大あるいは機会そのものが喪われることで
コミュニケーションそれ自体を志向しなくなる
自己投影消費層。自分の理想を投影できるコンテンツを求める末期。
多様性が否定的に作用して無秩序状態 or 閉鎖集団化。
第三世代を錯覚させるこの世代向けの商品だけが生き残る。)
↓
■オタクイズデッド(再生)世代
(第一世代のオタキングが現役の間にあっという間に第五世代を突き抜けて
既存の「オタク」で語れない人たちが出始めるのかもしれないという意味で。
若者がなんともならないと「長老型組織」になって反動政治がおこなわれる
一度現状のオタク界隈の外側に出る宣言をしたオタキングが
再びオタク内で発言力を持つようになると危険)
もうちょい簡単に言いなおすと
第一世代:作品を通しての自己主張 (動的な三次元の世界)
第二世代:体系・文脈の伝達 (たて・横そろった立体的な理解。ただし静的)
第三世代:テーマの共有 (主に縦方向を掘り下げた後で横に広げていく)
第四世代:ファッションとして自己表現(代弁)の道具になる (横方向のみに広がる)
第五世代:自我の先鋭化or崩壊 (二次元というか「点」)
→「説明・指導」してくれる存在によりそうか
「許可・許容」してくれる世界みたいなのに引きこもるか
「仮想敵」を用意してくれるものとかまぁいろいろ。
→別の第一世代にもどる
:自分を代弁してくれるものにすがるより
自分で作品作って主張するようになる。
作品のために自分で世界を作り、そこでヒトを動かそうとすると
自然と別の第一世代になる。その過程で旧オタ世界の知識とかも勉強するかも。
みたいな感じ。
第三〜四世代が主流になっても、第二世代的なありかたは可能。
特に「大学」のような権威づけされた教育組織が存在する場合は
第二世代を志向する人材が一定数確保されやすい。
(第一世代は「分巣」あるいは「革命」とか複雑そうだけど私がなりえないものには興味がない)
んで、この世代の流れは
・「処理が必要な情報量」が多ければ多いほど早く下に移行する
・「理論的」になればなるほど早く下に行く。
・商業が絡めばからむほど(供給者が苦しければ苦しいほど)早く下に行く。
・複製が簡単なものほど下に行きやすい。
・文化的価値が高いとみなされるものは下に行きにくい。
・消費者の選別が行われる限りにおいて下に行きにくい。
・他分野との融合が少なければ少ないほど
(純血主義で横に広がらないほど)下に行きにくい。
みたいなのがあると思う。高齢化や「飽き」の問題もあるから
新陳代謝が良いことも重要だと思うけれどもね。
んで、私は間違いなく第四世代オタク的な性質が強い。
縦の歴史への興味もあんまりないし、
横の「現代の社会背景」みたいなのもあんまり興味がない。
自分が好きなコンテンツを、
自分の好きな歴史とかセルフヘルプとかのお話とくっつけて楽しむだけ。
必然オタの友人は少なく(非オタの仮面友人はいるけれども)
そんな状態ではマナーもへったくれもないとなってもおかしくはない。
少なくとも「上の世代」を意識することがほとんどない。哀しいことだけれども。
<おまけ>
http://d.hatena.ne.jp/karimikarimi/20091031/1256941076
西尾維新先生や奈須きのこ先生などの本を読むと上遠野浩平の影響が垣間見れる。2009年10月にデビューした新人作家の本にさえ、影響が見られる。ここ十年というかむしろ昨今のほうが、上遠野浩平に影響を与えられた世代、が出てきているのかな。
ちょうど今日西尾維新作品をあれこれと読み終わったところでこういう記事と出会うとは。しかし上遠野浩平作品は当然読んでるが、素でつながりを感じられない。いや、モチーフとか方向性が一致してるくらいはわかるけれども。
なんというか、体系的な理解は最初から放棄しているにせよ、
テーマのつながりもわからないというのはちょっとツライところ。
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投稿日:2009-10-31 Sat
2週間一切ブログ更新せずに黙々と読んでた。アホかと。大変面白い時間を過ごさせていただきました。ありがとうございます >作者様
とりあえず、とっても不健康な世界にどっぷりつかって
なんだか適応というか憧れみたいなものさえ感じ始めた。危険な兆候。
対策
1:もっと不健康&不愉快なものを見て目を覚ます。これとか。
http://ameblo.jp/abstract1/entry-10330114725.html
実は私はWiiを持っていたのだ!WiiFitしか持ってないけどな!
2:健康的な物語とか現実に触れる
とりあえず今度ハーフマラソン走ります。
3:とりあえず寝る
本読むのが遅いから(1冊2時間30分くらい。ヒトクイマジカルは6時間くらいかかった)
睡眠時間削らないと1日1冊読めなかったんだぜ。
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投稿日:2009-10-20 Tue
http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20091016/p1の神のみぞ知る評が面白かったのでこの作品の落としどころを考えてみた。
私の結論としては3−EXなので、結論だけ知りたい人はそこだけ読んでください。
ちなみに、私が考えたルートは、
言い換えると私ごときでも考えられるということであり、
できれば作者には「どれでもないルート」を描いてほしい。強く期待。
タイトルから考えてみる。
ルート1 「神」になるED
それぞれ「心の奥底で生きる」存在となるか。
(記憶にはないけれど、一方的に実存)
あるいは「別のセカイ(ネットに篭る)」から呼びかける存在となるか。
正直、これは少年漫画誌的に許されないだろうな。
「ワールドイズマイン」じゃあるまいし。
あ、でも通り(キス)魔の要件は充たしてるので、
後はヒグマドンさえ登場すれば・・・
ルート2 ルーシー@魔界ED
魔界で幸せに。まぁこのルートはないわー。
ルート3 現実帰還ED 「神」から人間になる
最近で言えば「AURA」とか。あれは「幻想的な存在」が
主人公との付き合いとおして人とのギャップを埋めていくうちに
ちょっとイタい人間の女の子になっていくって形。
ちなみにこの場合、主人公は人間としては未熟になっちゃうので、
誰かそれを受け止めてくれるヒロインが必要になると思われる。
(そうじゃないと、イマまでの積み重ねは何だったんだ、になるし)
3−1 ルーシーがヒロイン(正確には妹)
これは可能性低い。そのためには
ルーシーを人間にするor人間であったことがわかる伏線がいる。
どうもなさそうだ。
あえていえば第一話は伏線と読めなくもない
(妹「キャラ」として品質失格でありながら、
妹として最も重要な「お兄ちゃん萌え」部分は強いことを強調
=逆に言えば現実としては妹かもしんないね、と)
3−2 新ヒロインが登場
これもちょっと難しい。
なぜなら主人公の欠けた部分を全部埋める
ヒロインというのはどう考えてもキャラとして
魅力に欠けるから。(それは母的なものだから)
それをやるならば、過去の記憶に遡って
幼少時の傷を回復して現実に帰還した上で
今まで癒してきたヒロインの輪に戻り
「さあ、誰と恋をしようか」ってEDになる方が自然。
(これはCROSS CHANNNELでやった手法だしなー)
ただし、母親は普通に存在するし
「主人公の感情だけを奪う事件」というのはご都合過ぎる。
3−3 契約済ませたら記憶を失って現実に帰還
「はがれんアニメ第一期」ED。
今までヒロインにやっていたことが自分に起こる。
実はヒロインのスキマを埋めると見せかけて
自分のスキマを埋めてたんですよーというメタメタ視点。
これは最高につまらないのでやめてほしい。
ルート3−EX 「主人公に憑依していた何かが抜けて」ルーシーが回収
これが本命だが、このルートには行ってほしくないなーという思いが強い
これは駆け魂以外の、
むしろ駆け魂に勝る神霊に憑かれた「二つの心を持つ少女」が
主人公の過去と絡んで登場してきた以上、
かなり可能性が高いというかコレしかないんじゃないかと。
つまり、駆け魂自体がブラフというオチね。
メタ能力を付与するプレイヤー的存在(読者)の糾弾または、読者からの分離。
プレイヤーから離れて一人のキャラとして生まれなおす。よくある話。
http://d.hatena.ne.jp/hachimasa/20080916/1221536450
メタ視点としてさまざまな視点キャラクターたちの視点にかさなり、
その想いを感じ取ってきた彼女は、
ついに菊理とは別の「心」として誕生するに至る。
彼女は菊理を解放し、
黄昏のなかをおのれにふさわしいであろう神霊の領域にひとり去る。
ここにおいて、「今までは、
まるでスクリーン越しに見ている物語の傍観者のような存在に過ぎ」ず、
メタ視点的存在ではあっても「主体」ではなかったデミウルゴスは、
心を得られるのである。
これは、プレイヤーの化身でしかなかったはずの彼女が
「主体」となるための物語なのである。
「万能」の放棄あるいは「神殺し」
っていうとチープな感じがするけどまぁそんな感じかと。
この系統は、「11eyes」の他に「コードギアス」やら
「最果てのイマ(ネタバレになるので自重)」や
「金色のガッシュ(Anser Talkerの喪失)」
あとは「俺たちには翼はない(全能感を充たすfantasy世界放棄)」などがある。
そんなむずかしいこと言わなくてもドラえもんじゃなくてもいいじゃんって言う人はキライです。
逆方向の作品としては
「マーズ」「なるたる」や「ヴァルキリープロファイル」がある。
(力を持つものが、世界や人間を知った上で審判を下す)
つまり、何らかのきっかけで
現実への無関心という心のスキマが埋まり、
その際に「かけ魂」かどうかはわからんけどが発見されて捕獲される。
その際に、通常のメタ視点を失って(or放棄する)セカイに放り出される。
ソレと同時にヒロイン達が記憶を取り戻す。
ここまではまでは予測できる。
ルーシーを育ててるのはそこいらのためじゃないかと。
つまり、ルーシーヒロイン説はなし。
最近チラッとしかみてないけど幼い頃のヒロイン登場してて
万能執事キャラを放棄して一人を選ぶみたいな流れになってるような。
「絶対可憐チルドレン」も、男女が逆だけど系統としては近いかも。
サンデーって万能系の主人公キャラ多すぎね?
いやでも、「ディフェンスデビル」みたいな作品もあるからバランスは取ってるのか
<ゴメンなさい、今日読んでみたらハヤテは全然違うみたいだ・・・
むしろ少年漫画的バトルになっとる・・・。やっぱりちゃんと読まないとダメだな〜>
となると、EDは当然かぶらないことが求められるだろうな。
こちらが「選んでから」万能キャラを放棄するのだとしたら(まぁ普通の作品は全部そう)
「神セカ」は放棄が先で、そこから「選ばれる」になるかもしれない。
(ちょっとわかりにくかったらごめんなさい)
この方法論は、オチとしては
(大人への成長を促す意味で)非常に有効だし、
「二人は幸せになりました。めでたしめでたし」が全てを肯定する。
でも、少年漫画の文法的には主人公がつまらなくなるんだよねー。
エロゲなら、ヒロインと結ばれるってのがあるし、
ガッシュでも、ぼっちが社会復帰ってのはあるけれど、
「メタ視点を失ってよかった」と思える「その後」が描かれるかどうか。
作者の腕前にすごく期待。(このルートであることが前提だけど)
ルート5 全員の記憶が戻ってハーレム完成するED。
「ビューティフルドリーマー」はもうええっちゅーの。
要するに対象を二次元から三次元に移し変えただけで
何一つ主人公は変わらない。
「EDが(わから)ないなんてひどいクソゲーだ」とか言いながら
みんなに囲まれてて苦笑してる主人公の図とか、そんなのいらない。
まぁこの作品の場合、この全員の記憶が戻るというのは
一つの「事件」として処理することが可能。
それを契機に他のルートに入ったり、
他のルートに入った後の障害として考えることも可かな。
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投稿日:2009-10-17 Sat
今「戯言シリーズ」にはまってまふ。(現在サイコロジカルまで読了)2巻まではまーどっかで読んだ話、くらいに思ってたけど3巻「クビツリハイスクール」でやられた。
テーマについては、「FOREST」が好きな人ならそのまんま、でいいんじゃないかな、多分。
かの作品と比べて一人称(ここにちょっとした罠がありますが)で、
かつゆっくり丁寧な進行。非常にわかりやすい親切設計です。
自己の告発についても、核になる部分は
「致死性の攻撃」じゃなくて「信頼・親愛を含んだ説教」が多く、
読んでいて鬱にはなりにくい。傷つきにくい。
なんというか、世界が優しいね、主人公のゆがんだ世界観をもってしても。
主人公自身、認識はともかく持たざる者とはとても言えないしね。
視野さえ広げればだけど。これは今のところ、かもしれないけれど。
まだ可能性にあふれながら現実に悩んでる高校生〜大学生向けなんだけれど、
僕みたいな甘ちゃんなら社会人でも楽しめます。
ネチネチとした表現やら、パロディをちりばめたテンポの良い文章が癖になる。
オススメする人は選ぶ(続きから)けど、好きな人にはたまらんかと。
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なんとなく「戯言脳」の現在のアンテナに引っかかった記事。
後でなんか書くけど今は読書優先ということでメモ。
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20091017/p6
「敵方の思想的な悪を追及しようと思ったら、
なかなか悪らしくならないんで思想とは別の悪役属性をくっつけたでござるのまき。
これが極端になると、「美味しんぼ」
http://d.hatena.ne.jp/NaokiTakahashi/20091016/p1
霊能という名の大道芸のタネは霊能者が知っていればいいことで、
信者に教えてはいけないのだ。そういうものを「オカルト」というのだ
仮に方便をぶつ、インチキをやるとしてもだ。だったら開き直らなきゃ。
君たちは徹底できていない。
掛ける対象に響かせるためにこそある呪文に、
君たちの内心の安定のために、矛盾した文言を織り込んでしまっている。
それは思っていても、呪文に織り交ぜてはいけないことだ。
「一般人」の「一般人感覚」に頼りながらそれを否定する矛盾は
背広組からすりゃ付け入る隙でしかない
俺にとっては実利的な問題でもあるわけで
彼らが関心外で俺たちを犠牲にして撃った弾が
彼らのチャチな自己弁護の為に不発弾で終わるんじゃ腹も立つ
http://ameblo.jp/petronius/entry-10019668890.html
体験に裏打ちされたもの以外はほとんどが
その人の深い部分での誇りや生きる価値としては意味をなさない。
自意識の根拠を、思想やロジックに置くということはありえます。
そしてそういう商売をしている代表である学者が、
きわめて権力に転びやすいというのは、常識ですよね。
学者や政治家の例に敷衍してみると、
彼らが『意見・ロジックにプライドを置く』場合でも、
その主張の重さや自信としての価値は、
その意見のリアクションが生むことの責任を
すべて個人で引き受けたことがある体験によってしかほとんどの場合付与されない。
論戦家の人が、どうも薄っぺらく見えるのは、体験(体感)が弱い人が多いからですね。
ネットなどの匿名性の議論が一種の薄さを感じさせるのもそのへんの部分があるからです。
逆に云うと、体験に裏打ちされた意見にコミットする行為には、あるオーラが付与されます
モノごとは、「意見の次元」と「実際に物事ごとを実行する次元」があって
この結びつきを人はいつも気にしています。
どちらも、切り離されて単独で存在はできますが、片方だけだと、弱いものに感じてしまいます。
そういうことに無自覚な人間は、脆弱な自意識と呼ばれても、仕方が無いと思いません?
はっきり言ってどれも無茶苦茶心に痛い。
私もきづきあきら作品は好きだけれど、
「詳細な読解」をもってより厳密な意味をつきつけらると耐えがたい痛みが。
とりあえず、生の自分について触れるわけにもいかないので
上記記事からは、ブログに関してはこういうことが読み取れるかな、と。
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50983782.html
良い文章とは 自分にしか書けないことをだれが読んでもわかるように書いた文章
→その逆が悪い文章だ。
「自分の体験・体感が伴わないことを、自分にしか分からないように書いた文章」
言い換えると
「自分の自意識に閉じこもり、対象に深くかかわることを避けようとするための詭弁」
つまり「戯言」やね。
戯言に価値がないとは言わない。悪いものも突き詰めれば価値は出る。
ただそれはブンガクの領域まで「徹底されたもの」だけかもしれないなー。
私のブログは引用と程度の低い戯言まみれだと思うけれど、
徹底できないなら、「戯言」なんてやめるべきかもしれない。
例え、どんなにつまらない現実があったとしても、
批判するオレより現実の方が上だ!
もしその現実がウンコだったとしても、
オレはそれをエさにしてしか生きていけないハエなんだ。
とまぁ、バリバリ感情移入しながら「戯言シリーズ」を読んでる。
さて、折り返し地点まで来た。「戯言殺し」まで読み終わった後で、
ここからどういう風にストーリが展開していくのか楽しみだ。
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投稿日:2009-10-16 Fri
すべての連載漫画家に敬礼したくなるスレ。■やる夫がジャンプ打ち切り漫画を好き勝手評論するようです
http://mukankei961.blog105.fc2.com/blog-category-115.html
第一話 タカヤ
第二話 グラン・バガン
第三話 マッハヘッド(現「トクボウ」)
第四回 「ロケットでつきぬけろ!」(現「ソムリエール」で売れっ子)
第五回 ZOMBIE POWDER (現「ブリーチ」で売れっ子)
第六回 蹴球伝- フィールドの狼FW陣(旧「キャプ翼」の人)
第七回 「人形草紙あやつり左近」(現「バクマン」)
「仏ゾーン」 (「シャーマンキング」の前身)
「Base Boys」(にわのまこと)
「邪馬台幻想記」(「とLoveる」乙でした)
第八回 「鴉MAN」「風天組」(かずはじめ)
「バクマン」ファンなら絶対読んでおくべき。
これ「バクマン」以前に読んでたら作品のクソさしか考えられなかっただろうけど
今だとジャンプシステムの負の部分が漠然とながら想像できる。
作者の焦りとか、編集の二匹目のドジョウ狙いとかいろんなこと想像できて楽しい。
なにより、バクマンがちょうど「読切り」「連載作品」の分岐点なので、
どういう落とし穴があるのかを想像しておくと、
この先ジャンプ展開ですんなりうまくいったとしても、
ああ、こういうところをうまく乗り越えたんだな、と重みがわかる。
擬似的な「多世界解釈」みたいなもの・・・ってそれは違うか。
なんにせよ、「バクマン」と、このスレの今後が楽しみ。
ちなみに、打ち切りマンガの数々はコチラのサイトなどで確認可能。
それぞれに分析や、思いいれが示され、ドレも読んでて面白い。
http://www7.ocn.ne.jp/~khhworld/jump/jump_01.html セレクション
http://osaka.cool.ne.jp/osyapan/utikiri/ 打ち切りマンガDB
http://jump.heavy.jp/jb.htm 打ち切りマンガ年代別
http://galaxyblyger.zero-yen.com/manga_mangaka_db.html 打ち切りマンガ「家」
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Yasunari/7126/lecture/jump3.html 漫画家セレクション
http://retro85.blog33.fc2.com/blog-entry-912.html 打ち切りマンガ座談会
投稿日:2009-10-11 Sun
せっかく偶発性とか世界の美しさの話にまで進んでこの調子でいけば人間愛とか生まれそうだったのに、この休み中に
「CROSS CHANNEL」とか
「世界にキスを」とか
「化物語シリーズ」とか読んでたせいで
人間が怖くなってしまいました。
モノホンにかかわっちゃだめだ〜
やっぱり島友貴くらいがいいよ〜。
(久々に触れてみたら、本当にダメなやつだったこいつw)
とりあえず、このブログでは基本的に
エロゲ以外の読み物については言及しないルールなのだけれど
(ラノベは「文学少女」以外であまり言及してない・・・はず。
ところどころ漏れてるかもだけど)
「化物語」シリーズはすごくおもろ白かった。
特に「つばさキャット」と「つきひフェニックス」は
この主人公ならでは、があって新鮮な感じ。
私は本を読むのが異常に遅い
&150P超えると集中力が切れて読書速度が落ちていくため
2日で5冊っていったら普通はギリギリなラインなのだけれど
普通に1日とちょっと読めた。面白かった。
もしかしたら今後言及したくなるかも。
っていっても、ファンが多い作品だし、
語り尽くされてて「自分なりの意見」を言う余地もなさそうだけれど。
とりあえずこの作品が好きな人が
関連付けてどんな作品お勧めしてるか知りたい。
とりあえず、戯言シリーズ側は1巻で投げ出して以来だけれど再度挑戦してみる。
とりあえず今日全巻注文した。「零崎シリーズ」(まなめ氏ご推薦)を先にすればよかったと
注文してから思ったが後の祭り。まぁたぶん読むでしょ。
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投稿日:2009-10-10 Sat
いい加減しつこくなってきたminori作品系列への絡み。本当にこれで終われ。で、私がminori作品にしつこくからむ理由は、たぶん嫉妬なんだと思う。
セレンディピティとかなんだとか、本当によくわからない。
今まで生きてきて、そういう体験がないせいか、
その手の話にすごく反発を感じながらも、どうしようもなく惹かれる。
http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20091009/p1
偶発性につながれてこの世界はつがなっているが、その結果起きる・・・発生する出来事は、奇跡のような幸福と信じられない残酷さが同居してしまいます。なぜならば、それは「偶発」・・・・偶然に過ぎないことだから。だから世界はこんなにも残酷で美しい。
たぶんここが、私がefについてつかめてないところ。
いや、厳密にはそういうことを主張したかったのはわかるけれど
ef内では「偶発性」よりも別のもの(構造的な美しさ)を取ってしまった気がして
どうしても納得しきれなかった部分。
だからこそ「寓話」って前の記事で読んだわけだけれども。
<参考 efと同じく、「街」を舞台に「弱者」のつながりを描いた作品「正義のゆくえ」評>
http://noraneko22.blog29.fc2.com/blog-entry-332.html
あくまでもリアルに拘って物語を語ろうとしているが、全体を通すとそれ故の弊害も出ている。関東地方に匹敵する広さを持つ大ロサンゼルス圏で、人物の交錯があまりにも出来すぎているのだ。グリーンカードが欲しいオーストラリア人女優とたまたま接触事後を起こしたのがグリーンカードの判定官だったりするのは偶然性に頼りすぎていないか。同じような構造を持つ「クラッシュ」で、ハギスは全体を寓話として昇華する事でこの問題をクリアしていたが、こちらはリアルに拘ったがゆえに少し気になってしまった。
とりあえず、今手持ちの「花の名前」が全然読めてないことは
よくよくわかったので、もういちど読みかえしてみようとおもった。
(前は、「フランス少女」との比較で読んだから、
主人公の「受動(自動性)」と「能動」の差ばかり気になってしまった)
それにしても、この記事に紹介されている作品が全部読みてー。
というか読むし、見るし。当然。
■『花のカノン』は、ボーイフレンドとふざけてじゃれてて階段から落ちて半身不随になってしまった女の子の話で、最初にそれをした相手である男の子がどうやってその子に詫びていいかを理解できなくてかった花束を見ず知らずの人に渡すというシーンからはじまります。その花束が巡り巡って、その女の子に届き、その子の心をいやしていくという「世界がつながっている」という感覚
■トムクルーズ主演の『マグノリア』や村上春樹の『神の子どもたちはみな踊る』のオムニバス形式で表現された世界の偶発性への見事な物語への昇華
■偶発性の世界の作品系統を見たい場合は、映画の『マグノリア』やポールハギス監督の『クラッシュ』とか、村上春樹の『神の子どもたちはみな踊る』をお薦めします。ああ、そうえいば『ミリオンダラーベイビー』も少しづれるがいいかもしれない
それにしても、わからんなりに、書けるところまで自分の意見を書いてみると、
時々こういう記事に当たることがあってうれしい。偶発性とは違うと思うけれども。
投稿日:2009-10-09 Fri
ちょっとオタ仲間と会話してていろいろ教えてもらった。(このオタ友は「Remember11」の時も11の意味のネタだし一緒にやったことがある)
私はてっきり EF=Eternal Featherの略くらいにしか考えてなかった。
言われてみればどういう意味が・・・。
アニメでは「Eufonic Field」でしたね。
http://d.hatena.ne.jp/hapze-23_45/20071109/1194619615
サブタイトルの一文字目を繋げて読むと「euphoric field」になる
しかし歌のタイトルだけでもこのように・・・
アニメ ef-a tale of memories OP曲
euphoric field
次にゲーム ef-the first tale ED曲
悠久の翼(eternal feather)
また次にゲーム ef-the latter tale OP曲
emotional flutter
そして最後に ef-the latter tale ED曲
ever forever
さらには・・・
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1029130995
ファンの間では、音羽町の由来である、風が強く、羽音のように町に響く
というところにかけて
wind(風)とwing(羽)
の語尾であるdとgの間でefといったかんじにいわれてて、あとは使用された曲が悠久の翼(英語に直すとeternal feather)とかever forever
みたいなかんじで頭文字がefだったり
http://keiesworks.blog122.fc2.com/blog-entry-47.html
[ef]を「EF」と大文字に直してみよう。すると何かが浮かび上がってくる。
先ず、EとはFというアルファベットの縦の線に横の線を一本付け加えることにより成り立っている。また逆にFはEというアルファベットの縦の線から横の線を一本奪うことによって成り立っている。
ここから、EとFという2つのアルファベットは非常に近しく、また「対」の関係を持つものであることがわかる。さらに、EかFのいずれかの文字を「逆転」させてひとつに結合させると(続きはリンク先で)
<アニメについて>
http://d.hatena.ne.jp/hapze-23_45/20081010/p1
ef1OPはヒロイン3人を同列に語っている、規則正しい構造でありました。それとは違いef2は、対称を意識した、情緒的な造りとなっています。表面的には同じテイストのように見えますが、しかし実際は大きく切り口を変えいる
<ネタ:http://ejje.weblio.jp/content/ef>
(f の前にくる時の) ex‐2 の異形.
考えると結構面白そうかなーとはおもった。そんだけ。
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