投稿日:2008-06-23 Mon
【6月29日までブログ更新休みます。SWAN SONGの話はそれまでに整理しておきます】小学館における作家と編集者のトラブルが継続中だが、そんな時、ちょうどいいところに、カモネギのようなネタが飛び込んできた。「電車男」以来よくトラブルになっているが、今度は・・・
■ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない (書籍版)発売。
これは、編集者と作者との関係性を見る上で、「編集前の原稿」と「編集後の商業作品」の両方の資料がそろっている、貴重なケースである。ぜひチェックしておきたい。
ところで、読んでもいない(出てもいない)のにこういうこと書くのもなんだが、正直超不安である。
なぜなら、「現代の蟹工船」というあおりから、この方向性に沿って恣意的な編集や、場合によっては改変がなされているように思うからだ。
個人的には第五部・第六部に重点を置いた編集がされるべきだと思っているのだが、「蟹工船もどき」にあたる第二部・第三部に重点が置かれているようなら、完全に別作品である。そのあたり、編集の見識を確かめる上で立ち読みしてみるつもりだけれど、比較する意思がないのであれば、今の時点ではWEBで読んだほうがよいと思う。
参考までに、昔に書いた感想 2
ちょっと今の考え方とは違っているが、変わっていない点として、超個人的な意見だが、私はこの作品のことを「ジョジョ」への最大のオマージュだと思っている。(私だけ?いやいや、「この商品をチェックした人は・・・」にちゃんとジョジョ入ってるだろ?)
というわけで、これは個人的な要望に過ぎないのだが、「企業のブラックさ」ではなくて、「ブラックな企業における人間賛歌」を伝える編集になっているといいなぁ。善も悪もなく、ただいろんな個性のそろった人間が、圧倒的な質量の敵(デスマーチ)を相手に、どう戦い抜いていくか。その礎はどうやって築かれてきたのか、そういう感じで編集がされていると、とても面白いと思う。
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当たり前だけれど、物語の読み方というのは人それぞれである。
私の読み方は明らかにマイノリティにあたると思う。
ただ、もとの形がある作品に、「編集」が入ってしまうと、編集者の読み方に誘導するような作品になる可能性がある。「電車男」のときは、版権や利益配分の問題が焦点になっていたように思われるが、今度は「編集」に焦点をあててチェックしていきたいと思う。電車男と比べて面白かったし、読み返すのはそれほど苦でもないはず。
投稿日:2008-06-16 Mon
「快感★フレーズ」について1年半くらい前に書いた感想記事を、ブログ内検索しても見つからない。
というか記事がない。なぜだ?
いや、書いたのは間違いなくて、大体書いた内容も覚えているんだけれど・・・あれ?
投稿日:2008-06-14 Sat
「事業上の仕事ぶりに優れた者に、十分に仕事をさせることこそが、優れたマネジメントの証明である」 by ピーター・ドラッカー「現代の経営」
話は新條まゆの
精神的につらくて、体もボロボロになって大金を稼ぐより
信頼出来る担当と、気持ちのいいお仕事をして、心底楽しめる漫画で
1円でもお金が入ってくればそれでいいと思いました。
バカまん読んでると、この部分がうそ・・・とまではいわないけれど、演出だってわかる。この人が「快感★フレーズ」というマンガを連載開始するに当たって経緯を見れば、そんな殊勝でけなげな人でないことはわかるべ。この人は「売れる」という確信を持ってマンガを書く人なのだから。
ブログの雰囲気や、誠実そうに見える文体にごまかされている人が多い。
なんと、あのdankogai氏ですらだまされているのから相当なものである。実際のこの人は、マンガへの愛情もさることながら、それ以上にむちゃくちゃ商売感覚が強い人である。「たかじんのそこまでいって委員会」に出ているの女性と一緒で、「偽装ボケ」「演出された清純」であり、超クラスの甘え上手である。金持ち男性を魅了するタイプの女性なのである。
つまり、この人の本音は、上ではなくこっちである。この文章も、文脈に引きずられずに読むように気をつけなければいけない。文字通り受け取っては思うつぼである。
一つの流れを作ってしまった自分(引用者注:エロ路線で売れてしまったということ?)が自分の首を絞めてしまったわけですが当時はその流れに逆らうことが許されませんでした。そして、今まで通りの新條まゆを求める雑誌には行きたくなかった。悩んで、悩んで、小学館を離れる決心をしました。
つまり、彼女が小学館をやめた理由は
自分が築いたエロジャンルが流行となり、自分がトップを取れる存在ではなくなったからであり、しかもトレンドの変化に気づこうともせずいつまでもエロにしがみつこうとするサラリーマン根性まるだしの編集者の無能さに嫌気がさしたから
なのである。彼女は次の金脈を見つけた、あるいは見つけようとしている、と解釈すべきだ。
そして、今回の雷句事件にかかわったのも自らの転進を後押しすることが最大の目的である。必要以上の部分を久米田先生に丸投げしたのも、宣伝効果さえ出れば、それ以上のやりとりは彼女にとってまったく無価値だからだ。誠実そうな対応をしているが、実際のところ、ユーザの反応について、明確な対応をまったくとっていないことからもわかる。そのくらい計算高いのである。
「要は、勇気がないんでしょ?」に代表されるポジティブ教の人たちに、「本当の勇気とは私のような用意周到さがあってこそものを言うのだよ」と見せ付けてやりたいくらい、無謀とは縁遠い頭のよい方なのである。私はまゆたんブログをよんでしばらくしてから、彼女が「計算どおり!」と叫ぶAAが頭から浮かんで離れない。
というわけで、彼女をエロ少女マンガ家としてではなく、「マーケティング能力に優れた稀有な漫画家」として評価することができない人間が「編集者(販売側)」として権力を振りかざす資格など、ない。
新條まゆをただの漫画家としてではなく、優秀なマーケターとして評価できない会社では、彼女を活かせないだろう。
この人のマンガ、たとえば快感★フレーズについてはこのブログでも取り上げているが、この人は、漫画家という視点だけで見たならば、はっきりと一流ではないと断じられる。この人の昔の作品を今読んでも、後発の凡百の作品に埋もれているとしか感じられない。(年代と照らし合わせて、どのように読者が変遷して言っているかをつかむにはよいかもしれない。)
しかし、マーケターとして新しいトレンドを作る能力はトップクラスであろう。だから、この人の作品は常に最新作を追い続ける価値は十分にある。
<まとめ>
富樫のように画力・ストーリ構成力・マーケティング能力すべてにぬきんでたパーフェクトな漫画家というのはそうはいない。(冨樫を特別扱いすることをバカにしている人間は、一生マネジメント職に就くべきではない。)
そうではなく、個々の作家を特質を見切って最大限に生かし、それによって会社に貢献するのが、編集者の真の仕事である。編集者は高給取りなのだから、そういう難しいミッションをこなし、私たちに面白いマンガをこれからも届けていってほしい。
売る部分は自分たちの仕事だ、なんて考えている編集者がいるのだとしたら、「じゃあなんで自分はマンガ家になれなかったんだ、マンガ原作者になれないんだ」ということを100回唱えて顔を洗うよう、会社のトップが励行してください。「自分たちは好きなマンガを描くだけ」なんていう漫画家がいたら、首根っこひっ捕まえて「じゃあ、そのご自慢のマンガを、自分の責任で、自分だけで売ってみろ」と凄みを利かせてやってください。
文字通りの製販一体が実現され、私の元に多くの傑作が届けられんことを。<終>
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投稿日:2008-06-12 Thu
http://www.zakzak.co.jp/top/2008_06/t2008061131_all.htmlマスコミ、仕事しろ。
こんなアホな記事書いて仕事してると思ってるのは許しがたい。
私は今まで裁判員制度に絶対反対の姿勢をとっていたが、
むしろこういう殺人事件などについて、裁判員制度はありかもしれないと思った。
こんないい加減なマスコミに主導権を渡すくらいなら、
間違うリスクを抱えてでも国民が責任を負って考え、自分の頭で考えるほうが
まだましなのではないかと思うようになってしまった。
http://d.hatena.ne.jp/boiledema/20080610#1213114352
この記事にあるように、マスゴミが手がかりなく、いつまでも「アニオタ元凶説」などという「5年前の客」向けメニューしか提示できていないのに対し、ネットではすでに勤務元企業「関東自動車」における派遣の実態などについての考察もあり、視聴率もスポンサー様の圧力も関係ない事実が話されている。今後こちらの方向で議論が深まる余地もあり、さらにグローバルに情報発信を仕掛けようという動きまで出ている。こうしたスポンサー様にとっての「不都合な真実」に関しては、マスゴミはもう完全にネットより役立たずというか有害な存在であるということが明確になりつつある。
(差し止めさえなければこちらのほうが視聴率が高くなるというのは実に皮肉。宅間事件や、つい数日前の事件から、マスゴミの報道がまったく役に立っておらず、むしろマスゴミの鳥頭ぶりが露骨に露呈されている)
国民が裁判員として参加することによって、こういう「報道だけでは決して見えない事実」が明らかにされ、それは何らかの形で国民にシェアされるようになる。もう、そうやって穴を開けていくしか、このマスゴミの報道のあまりのおろかさ、手抜き具合を是正する方法はないように思うのだ。
そういうわけで、裁判の人数や、訴訟社会への対応といった建前ではなく、国民に、こうした事件の審議を通して、マスゴミからは知ることができない情報をフィードバックするため、という理由であれば賛成する。
よく考えたら、私の周りに言うほど反対している人はおらず(個人的にはもっと反対すべきだと思っている)、マスゴミが一部の反対者の声を増幅していただけなのかもしれないといまさらながら考えている。今でこそ諸条件の調整でほとんどの企業がもめているが、SOX法のような百苦あって三利くらいしかない法律でさえいざ施行されたら粛々と従うのが日本企業だ。実際に開始したら、仕事の面での不都合はすぐに対応されるだろう。
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投稿日:2008-06-04 Wed
東方のエロ需要が少ないのは何故なんだぜ? - GilCrowsのペネトレイト・トーク自分の中ではぼんやりと理解できているんだけれど、まだ言語化できてない。
後で何か書くんだぜ。
少なくとも確信をもって言えるのは、同人の世界は消費者主権ではないということ。
「消費者の需要」という一面だけで考えていたら、本質を見誤ると思う。
投稿日:2008-06-03 Tue
タイトルの通り。今まで自分の頭の中にあった「ジャンプ」はやはり死んでしまったという意見は変わりませんが、
今までのジャンプと思わず、先入観なしで
「今まで読んだことのないマンガ雑誌」として読んでみればけっこう面白いと思ったり。
今回のチェックしている連載の全滅は、ある意味
こうして新しい作品に目を向けるいいきっかけになったかもしれません。
・・・んーでも、自業自得とはいえ、「ダブルアーツ」以外は
全部途中からの作品なので、設定がいまいち分からんのも確か。
しばらくチェックしてみて、面白いと思ったマンガは単行本を立ち読みして追いつかないとね
投稿日:2008-05-29 Thu
芸の途中で幕引き・・・通るか・・・・そんなもんっ!痛いニュース(ノ∀`):「そんな次元の悩みで自殺。川田アナは世間知らずで打たれ弱いお嬢さん」…故・川田亜子さん批判で電撃ネットワーク・南部のブログが炎上
アウトロー :無法者、無頼漢
偽物は逝って良し。
適応係数17@Garden 福本マンガの本質 : 「無頼」というキーワード
己は変えようがない。変えようがないからそのまま歩き続けるしかない、歩みが止まる時が来るまで。己の歩みを鈍らせ、とどめようとする存在は、金でも地位でも敵である。人は同じ道を歩んでいる間のみが友である。歩みが止まったら、越えられない壁があったなら、そこで終わり。そういう生き方をこそ無頼と呼ぶ
以上です。調子こいて必要もないのに無駄に壁にぶつかりに行って、負けた。
じゃあもうアウトロー終了だよね。
発言を批判しても喜ぶだけだろうが、よりによってアウトロー気取りの分際でこの体たらく。まじで格好悪い。格好悪いを通り越して、もう存在価値がない。ハチワンダイバーだったら切腹もの。
"Dropping your responsibility is enough to cost you the game."
「諦めたらそこで試合終了」なのは高校生まで!
「芸人が芸放りだしたら、そこでアイデンティティ終了」。
投稿日:2008-05-29 Thu
「イチジクの葉っぱ」以上の理性は、どこから来ているのか?「歯の衣替え」という考えは面白い。
実際、ヒトは「人間」である以上、会うヒトや状況にあわせて衣を変えるのですが
時々着替えるのを忘れたり、着替える最中の乱れた状態で話をしたり、
酔っ払ったり怒りから衣を脱いでしまったり、いろいろありますね。
人間は基本的に表面でしか物事を認識できませんからしゃべり方にもいろいろ気をつけたいところ。
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投稿日:2008-05-25 Sun
素直に「面白かった、3年間ありがとう!」とだけ言えばいいのに、こういうKYなことばかり考えている自分がすごく嫌だ。エムゼロの打ち切りを見て、「悟桐勢十郎」思い出した
人によっては「武装錬金」かもしれないけれど、あっちは結局ちゃんと描き切れたイメージがある。
■明稜帝悟桐勢十郎とは
この作品も私は大好きです。10巻まで出ているのですが、今読み返すと9巻の最後でやっと「オヤジ」の家の人間が登場し、ようやく物語が動き始めたと思った瞬間に「終わらない学園生活」というジャンプお得意の打ち切りパターンに持っていかれました。
学園ものはこの打ち切りパターンで違和感なく終了させることができるだけ早く「方向性」を打ち出す必要があるのかもしれませんね・・・。
とはいえ、他のジャンルだったら安心かというとあくまで「自然な終わり方に持っていきにくい」だけで、人気がなければそれまでですが。「タカ●」トいう作品は、打ち切りの危険におびえたためかファンタジー世界に逃げ込みましたが、かえって「らしさ」を失ってしまい、よくわからない超展開のまま消えてしまいました。あれも残念でした・・・。
作者が目指した最終ゴールは「家族」から否定された「悟桐勢十郎」が、学校という生活を守るとする過程で、一人の人間として実存を得て家族のもとに帰還するという形だと思っていますが、このあたりは想像して楽しめ、という形になってしまったわけですね。「悟桐勢十郎」のルーツも終点も描かれなかったこの作品は、ただの学園ドタバタコメディで終わってしまってい、今では「かずはじめファン」じゃないとどういう作品だかあまり記憶に残っていないのではないでしょうか?
エムゼロも全く同様で、主人公の「ルーツ」部分の描写が弱いままの打ち切りであり、一つの完成した作品として語ることが難しく、たぶん時がたってしまうと忘れ去られてしまうと思います。残念。(もっとも、「プリティフェイス」の時から変わっていなければ、叶先生は主人公のルーツをそれほど意識していないかもしれませんが)
投稿日:2008-05-23 Fri
残念だが、もはやこれを認めないわけにはいくまい。なぜなら、ジャンプでは、今後もお気に入りのマンガが、そのお気に入りの理由故に打ち切られることを避けられないからだ。
目が覚めてみると、いつまでもジャンプにしがみついて、「先」に進もうとしなかったことこそが問題であるように思えてきた。(別に「ガロ」みたいなマニアック方面まで行くべきとは思わないけれど。)
もうジャンプは、国民のマンガ雑誌ではない。あくまで少年マンガ誌なのだ。
会社の労害社員のように、「昔はよかった」「これだから最近のジャンプは・・・」なんてみっともない口出しするのはやめにして、いっそその手を潔く放すことで「少年誌として面白いマンガ」が今後も増えるように、「今の少年が読むべき面白いマンガ雑誌」となるよう応援してやるべきだ。
「エム×ゼロ」が好きだった。
ジャンプの中で「H×H」とこれしか読んでないくらいに。
(ONE PIECEはシリーズ完結ごとに単行本で一気読みするのがオツ。)
個人的にはなぜ打ち切られたのか全然分からなかった。どうやらこういうことらしい。
エムゼロ打ち切りについて。(エム×ゼロ最終話感想?) - colorless無色の日記
個人的にはブラックプレート取得編の方がおもしろくなかった感じも。
ただただ崖登りをするってのもなぁ・・・
もちろんブラックプレート取得後に期待していたんですが・・・ね
私は、その「ただの崖登り」における戦略の取捨選択やペース配分こそがすごく面白いと思っていた。
最もシンプルであるが故に力技が聞かず、限られたリソースと工夫が必要であるというのは、まさにエムゼロの本質であると思っていた。
「ゴールドプレートをとる」っていう目的が曖昧すぎたことはないかなぁ、と。
で、しかも、ゴールドプレートに至る手段も「日常生活を頑張ってポイントを増やす」
みたいな感じでちょっと微妙。
ゴールドプレートを取りたい理由も「柊のために願いを叶える」とのことで、いうほど読者(特にアンケートを出す低年齢層)に訴えかけるもの、があったか
私は、その「個人的な理由」と「地味なレベルアップ」にこそ共感した。
その「個人的な理由」が、学園全体にかかわる大きな動きと結び付いた時のことを想像して胸を躍らせていた。
だが、それこそが打ち切りの理由だったのだ。
自分が面白いと思う点とメインとなる読者層の嗜好に本質的な部分でずれが生じている。
この現実が持つ意味は大きい。
タイトルにも書いたが、今後またお気に入りのマンガが出たとしても、
その「お気に入りの理由」故に打ち切りになる。
ある作品が面白くなってきたと思ったら、それが打ち切りの原因になる。
この前期待の新作として紹介した「ダブルアーツ」は着々と私の期待を裏切る方向へ話が進んでいるが、多分私が期待している方向に進んだら打ち切りになるから仕方ないのだろう。
「銀魂」は序盤の方が面白いと思っていたのに、つまらなくなったと思ったら人気が出てきたしね。
「べしゃり暮らし」はヤングジャンプ行っちゃったしね。
つまりそういうことなんだと思う。
私が気付くのが遅かっただけだ。
もう私は、ジャンプから大作が登場することを期待できても、
「中堅どころ」に面白みを期待することはできない。
この事実は厳粛に受け止めるべきだろう。
「H×H」も「エムゼロ」もないジャンプは読む価値がないってそれだけの話なんだけど、「今後読みなおす可能性も低い」ということは間違いない。
さよなら、ジャンプ。
これからはSQでよろしく。
「LUCK STEALER」が、いい感じで「かずはじめ先生、全然変わってないなぁ」とノスタルジーを感じられて面白くなってきたことだし。
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