投稿日:2008-04-10 Thu
比較版を作るのはブロガーとニコ動にとってのたしなみ。というより、いつもなら比較版を載せるdanさんが載せていないあたり、「404」的には「増田版を見る必要はない」ということなのだろうけれど。・・・FC2のせいかどうかわからんが、テーブルがきれいに割れないな〜。あとでFC2のルール調べて修正するかも。
| 増田 | ダンコーガイ |
|---|---|
| 「努力しているかどうか」「頑張っているかどうか」「やる気があるかどうか」は、全て上に立つ者の主観や匙加減で決まる。 | 「やる気」とは「いつまでに、どれだけやってくれるか」という期待値のことである |
| 全ての評価は「何を言ったか」「何をやったか」ではなく「誰が言ったか」「誰がやったか」で決まる。 | 上司と思うな客だと思え |
| 結果の出ない努力は全て「努力が足りない」または「努力の方向性が間違っている」で切り捨てられる。 | 結果の出ない努力からは、経験値を得ておけ |
| 努力とは博打である。何年も続けないとその努力の方向性が正しかったかどうかはわからない。 | 努力とは、博打を打ち続ける力である。勝つまで続けられるか。勝ったら辞められるか、それが問題だ |
| 「仕事ができる人」とは、器用で要領の良い奴か、自分の適性や才能に合った天職に巡り会えた幸運な奴のどちらかである。 | 「仕事ができる人」とは、他者が器用か要領がよいか才能があるか気にかけている閑があったら仕事をする者のことである。 |
| 誰しもが自分の適性や才能に合った職に就けるとは限らない。だが、全く合わない職に就いてしまうと悲惨な人生を送る事になる。 | 自分の適性や才能は、仕事をやりとげるごとに上がって行く 自分の適性や才能にあった職がなければ、作ってしまえ |
| 不器用な奴が努力や訓練を重ねても器用になれるわけではない。 特定の仕事を何年も経験を積んでできるようにはなっても、新しい仕事をやらされればまた不器用レベルからやり直し。 | 君は箸を使えるか?鉛筆で字を書けるか?ならば充分器用だ。 |
| 努力の方向性が正しいかどうかは運や時流によって決まる | 運と時流を読まぬ努力は、努力の名に値しない |
| 仕事における行動が正しいかどうかは上役の主観や匙加減、もしくは運によって決まる。 | 仕事における行動が正しいを決めるまえに、まず「正しい」を定義しておくこと。 |
| ダメな奴は何をやってもダメ。 | ダメな奴は何を言ってもダメを出す |
| 努力の過程が褒められるのは小学生だけ。社会に出たら結果の出ない努力は全て無意味である | 褒められなきゃ努力しないで許されるのは小学生まで。社会に出たら努力はすべて君の責任である |
| 昔話のウサギとカメのような事象は世の中には存在しない | 昔話のウサギとカメのような事象はいくらでもあるが、目をこらさなければ見えない |
| カメがいくら頑張ってもウサギのようにはなれない | カメにはカメの頑張り方が、ウサギにはウサギの頑張り方がある |
| 一つの物事に夢中になると周囲が見えなくなる気質は、サラリーマンにとって最悪の致命傷である。 | 一つの物事に夢中になると周囲が見えなくのは、気質ではなく生理である。家庭から国家まで、社会はこのことを前提に設計しておく必要がある |
| 「これが一流の社員と二流の社員の違いだ」といった記事は、ビジネス雑誌の定番である。しかし、二流の社員がその記事通りに一流の社員のやり方を真似ても、一流になれるわけではない。一流と二流以下では、仕事のやり方云々以前に人間としての基礎的スペックからして違うからである。 | 一流と二流の違いは、仕事の責任が一人称か二人称かの違いである。三流以下は当然三人称である。 |
| 「強い会社の作り方」のような本は巷に溢れているが、単なるネタ本として考えるべきである。たかだか千数百円の本で会社が助かるなら、倒産する企業など存在するはずがないのだから | たかだか千数百円の本を惜しんで会社を潰す輩が後を立たない |
| 仕事の能率を高める方法などのビジネス書や自己啓発書は、元々が器用で要領が良い奴が、同じように器用で要領が良い奴向けに書いたものである。 | 仕事の能率を高める方法などのビジネス書や自己啓発書が読めるかどうかは、自分が不器用で要領の悪い奴だと認められるかにかかっている。 |
| 「石の上にも三年」という諺は会社では通用しない。三年も待ってくれるような気長な会社などないのだから。 | 「石の上にも三年」という諺は社会では通用しない。三年どころか三秒も待てないのが顧客というものである。三年かかる仕事をどうやって三秒で見せるか、それが腕の見せ所。 |
| 「見ている人は見ている」とは、真面目にコツコツ働いていればそれをわかってくれる人はいるという意味ではなく、不器用な奴や要領の悪い奴がずるい事をすると必ず見つかる、というのが真の意味である。 | 「見ている人は見ている」の人とは、顧客のことである。一流はそれを知っている。二流はそれを上司と勘違いする。三流はそもそも見られていることに気がつかない。 |
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