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ひまわり感想3(完) : 「幻の大地」を君は歩く
思い切った行動には、まず自信が必要だ。
でもね、自信ってのはまず「信じるべき自分」があってこそ手に入るものだ。
そして自信を見つけるためには、自分の「すべて」をかけて守りたいと思えるものが不可欠だ。

自分の「すべて」が必要になってくれば、
昔どこかに自分を置き去りにしてしまった自分や
まだ出会ったことのない自分のことに気付く。

気づきさえすれば、そんな「自分」達はきっとキミに力を貸してくれる




この作品は、「主人公が二人いるタイプ」の作品である。

正確には、主人公の半分が分離して別の形として存在する。
そう、DQ6の主人公が、幻の大陸において失われた自分を発見したときのように。

エンディングにたどり着くためには、分離した主人公が1つになる必要がある。

前回こんなことを書いたけれど、

(未来を、人類全体を考えられるほど)強くなければ生きていけない。
(今を、目の前の現実を大事にできるほど)優しくなくては生きていく資格がない


まぁそういうお話だったかな、と。コレって結構珍しいんだよね〜。


エロゲってボーイミーツガールはあっても、ボーミミーツフレンズというか、「選択されなかったもう一人の自分」との出会いとか、そういうテーマがあんまりない。
特に学園ものには絶望的に少ない。

理由は簡単。主人公がヘタレだから

比較するとどうしても友人の方が魅力的になってしまう。主人公の引き立て役を作ることすらできない。「ToHeart2AD」のように突き抜けた方向に行ってしまう場合もあるけれど、基本的に、主人公以上のヘタレはもう学園生活すら困難な人種であると言える。

だから、この作品のように「すでに可能性が過ぎ去った人間」との対比構造になる。

「カタハネ」のアインしかり、
「fate stay/night」の言峰しかり
「ひまわり」の西園寺明しかり。


もし人が、どこかの時点で立ち止まってしまうなら、その原因は
どこかで、自分の大事な心を置き去りにしてしまったからじゃないか。

そんな「立ち止まっている」状態で出会う人間は、少なからず自分をいらつかせる。

世界を知り、現実を生きる大人には、夢見がちな若者があまりに未熟に見えて腹立たしいし、
自分の近くにいる大事なものとともに生きることだけを考えている若者には、
大事なものの為だけに生きようとしない大人があまりにわからずやで腹立たしく感じる。


ただ、正解は、どちらか一方には決して存在しない。正解は、大事なものを守るためにその両者が手を取り合うことなのだ。(境界マネジメントと行動マネジメントの両輪)

だから、立ち止まってしまったら、
前を向いて歩くのが苦しくなり、後ろばかりが気になるようになったら考えてみたい。


君は今、誰の為に生きようとしているのか?
その「誰か」こそが君そのものだ。
他の人には見えない幻かもしれないけれど、
君の足で歩むべき、揺るぎない大地なんだ。


なーんてな。いやとにかく「ひまわり」はよい作品でした。皆さんにもお勧め。

日記:エロゲヲタside | 18:13:07 | Trackback(0) | Comments(0)
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「どうしてそういう教え方をするの?」「ボーヤだからさ・・・」←結論
小学校の先生に教わった、人間関係のシンプルなルール - Attribute=51

文章を読めば、記事を書いているguri_2さん本人はちゃんと分かっておられることは読み取れます。
ただ、例の如く「特定の部分にズームしすぎる文章」のせいで、間違って解釈されている方が多いようなので、こちらで補足しておきます。



上の記事で挙げられているシンプルなルールを単純化すると

(1)自分がされて嫌なことは他人にしない
(2)自分がされて嬉しいことをする

ちがうよ、全然違うよ?
本質的ゆえにシンプルであることと、大事なことが抜けているのは全く違うよ?
このレベルで止まってていいのは小学生までだよねー、ってやつだよ?


(1)善意の押しつけをどう防ぐか
「この理屈だけでは、教育ママとかモンスターペアレントみたいな人間ができる」
これに異論がある方はいらっしゃいますか?


当然そうなりますよね。
なぜなら理由は簡単で、「完全に自分Oriented」だから。
判断基準に自分しかいないからですよ。他人がいない。
そして、これに権力差という問題がくっつけば、簡単に「善意の押し付け」が発生します。


(2)大人から子供へのコミュニケーションの際に生じる「空白」について

なんで小学校の先生がこういう教え方をするかというと、
子供はまだ他人を理解できない。つまり「自分」だって理解できてないんですよ。
本当の意味で他人を受け入れられるようになるのは一般的に10歳くらいからだったと記憶している。

それまでは、まず「子供に理解できるルール」を教えてそれを順守させ、
それだけでは対処できない問題は教師がカバーする。
その問題を通して、子供たちに「他人を意識する」ことを学んでもらうわけ。

(そういう意味で、例えば「はなまる幼稚園」で描かれる姿というのは、あれ偽物で、
 あの子供たちは、想定読者とする20代の「大きな子供」なんですよね。
 幼稚園児でも、大人が真剣に向き合えばちゃんと学習出来るってことかもしれないけど)


(3)「空白を埋める過程」はどこで生じるか

小学生も高学年になると、他者を認識し始める。
他者を認識することで、ようやく「自分」を認識できる。
そうすることで、今度は「思いやり」という概念が生まれます。
他人を想定し、他者への「想像力」が発揮されます。
先ほどの「自分が嫌なこと」を他者に拡張して考えることもできる。


ただ、これで終わっちゃだめ。
次があるんですよ。


他人を観察して、他人を基準に行動できるようになる必要があります。
他人とコミュニケーションをとって、相手の意思を確認してから行動するということ。
さらにいえば、「集団におけるルール」を理解して、全体を理解するというプロセス。

コレがないと、他人に対する想像力を持って行動しても、
それはあくまで想像に基づいていて、実態と乖離してしまう。
そのギャップを、埋めるプロセスを、他の誰でもなく自分ができるようにする。
次第に、相手が喜ぶことをできるようになっていく、と。


中学になり、高校になり、だんだん人とのつながりが広がって行って、
他人が求めるもののレベルも上がっていきます。
社会人にもなると、圧倒的に世界が広がり、
「見えないルール」なんかも出てきて大変ですが、基本はすべて一緒です。

シンプルなルールという意味で言えば、

人間関係は「他者Oriented」
だと思うけどなぁ。自分を中心とした考え方はあんまりうまくないと思うよ?


・・・とまぁ、書いてみたら自分も全然整理できているわけではないことがわかった。ごちゃごちゃしていて読みにくく、つながりが変なところがあったり、説明できない空白があり。ダメダメだな。いずれまた整理して書きたいとおもいます。


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何かの残骸 | 12:52:43 | Trackback(0) | Comments(0)
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そろそろネット上の面白コンテンツは文庫化よりDS化決定」にしていくべきだよな
喪ゲ女: 【RPG】喪女クエスト【大容量0.5M】

ゲーム製作・販売の敷居が、底辺のエロゲ業界くらい下がってるような気がするので、
一発アイデアだけのゲームもどんどん作れるかと。

まぁあんまりやりすぎると粗製乱造アタリショッ〜ク!になるし、
そのあたり考慮してか、Nintendoチェックはとても厳しいと聞くので実際には無理なんだけどね。

そのくらいDSが絶好調というお話。

日記:自宅警護side | 08:24:13 | Trackback(0) | Comments(0)