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私は、心の中に、たくさんの部屋がほしい
自分が書いた前記事のせいで、
書きたいと思っていることが書けなくなってしまう罠・・・

人を呪わば、って別に呪うつもりはなかったのだけれど、
人のことを批判することによって、それが自分に跳ね返ってくる。

私はたぶん、心の部屋が一つしかないんだ。
だから、いつもイライラしているし、集中力もないんだ。

部屋が一つしかないと、いろんなものがすべてごちゃごちゃに散らばっているのが目に入る。
だから、ついつい気が散ってしまう。(一方で「ゲシュタルトクライス」みたいな考えもあるけれど)

また、決着がついていないものが同じ視界の中にあるとついついイライラしてしまう。
だから、何でも白黒をはっきりつけようとしてしまう。

そのくせ、いちど決着をつけてしまうと、今度はその結果が自分を縛ってしまうんだ。
だんだん自分のあり方を狭めている気がする。自分を削っていってるような気がするんだ。


それで生きていければいいのだけれど、
人の心や世の中ってそんなに単純じゃないと思う。
本当はドロドロしていて、理不尽で、カオスだ。
意識して棲み分けをすることがが必要なことばかりだ。

しかも、そのカオスや、縦割りのような構造を、
理屈ではない「気合」のようなもので
一本筋を通していく、そういうことが必要なのが人生なのだ、たぶん。



自分の心の中に、たくさんの部屋がほしい。

自分がやると決めたら、それに必要なことだけを詰め込んで取り掛かれる部屋が。

必要な時には、扉を開けて中に入り、部屋の灯りをつけて、そこに閉じ込もれる部屋が。
必要でないものは、部屋を暗くして、扉を閉めておくことで、気にならないようにできる部屋が。

多分集中力って言うのはそういうことなんだと思う。
心の中で環境整備がキチンとできている人が「集中力」を発揮できるんだ



そして、だからこそ人は環境にこだわるのだろう。
昔からあこがれている書斎とか、仕事部屋。
あるいは机や道具といったものに至るまでが、
人の心のありようを形にしたものなんじゃないだろうか。
これらは、人が、心と形を一致させることを求めた結果なんじゃないだろうか。


そう考えると、
「自分の心の中にたくさんの部屋をもちたい」という願いの為には

まず今の狭くて一部屋、電気もつけっぱなしのアパートを脱出しなくてはいけないかもしれない。
仕切りのない会社のレイアウトも何とかしたい。
もっと、環境に気を配りたい。


・・・なんだか今、「自分の為に何かが必要だ」と思える心が生まれたかもしれない。

日記:ブロガーside | 15:27:12 | Trackback(0) | Comments(0)
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