投稿日:2008-04-02 Wed
エイプリルフールに発表されるマジネタは、実はいつもよりすごい。keyの新作発表しかり、この記事も然りである。
■わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる: 学力低下の本当の原因
30〜40年前の話だけどな。
1960-1980年代の教育論を読み漁ってみた。もし今の教育が失敗しているのなら、その原因は過去にあるはずだってね。
ところが、分かったことは、当時も今と変わり映えしないという事実。
みんな「たいして変わらんだろ」くらいはうすうす思っていただろうけれど、
実際にDainさんが調べてところ、「恐ろしいくらい変わらない」というオチに。
私は冒頭の文章読んでいて、全然気付かなかったもの。
事実はマスコミの捏造より奇なり。
もうネタ作るより、マジメに過去ログあさった方が
面白いもの書けるけるんじゃないですか?>新聞局
とありきたりな感想がその時は浮かんだり浮かばなかったり。
「学力低下」の本当の原因は、「学力低下」にしたい人たちがどこにいるのかを探すことで、見えてくるんじゃぁないか
というわけで考えてみますか。
正直言って、昔の教育もいまと変わらない、ということが示されたインパクトで
「やっぱりいっしょじゃん」と結論づけて満足してしまいそうだけれど、
実際には、やはり「いまの方がひどい」のだと思う。
といっても、ひどいのは子供の教育ではなくて、大人の教育だけどね。
本当の「ゆとり」は子供たちではなく、大人側にあるんだ、と私は思う。
大人のわがままや、手抜きといった「ゆとり」を押し付けられて、子供や若者たちはますます追い込まれているのが、今の時代だと思う。
しかし、年金問題などは騒がれてるのに、教育問題だけは騒がれない。なぜだろう?
ここに「(子供たちの)学力ということにしておきたい」人たちの姿が見える。
つまり、「大人の教育」を望まない人たちがいるってことだよね。
その正体は何かというと、 「ゴランノスポンサー」 。
そして、マスコミは「ゴランノスポンサー」の飼い犬・・・。
■「ずんずん調査」で分かった、80年代は『若者殺しの時代
・「1983年はどんな年だったか」と聞いてみよう。子供だったのか。若者だったのか。オトナだったのか。「時代の分岐点」にどんな生活を送っていたか
・おれは自由に生きている”といっても、それは「錯覚」だ。「本当は若者という分野が作り出され、欲望を刺激し、商品を並べ、金を巻き上げていくシステムが動き出しただけだった
■打たれ強くなるための読書術
・携帯元年は95年と断定してよかろう。私が大学生の質が感じた時期とほぼ一致している。
雑誌やテレビのように、誰かを悪者にしたり救世主にしたりしてくれた方が、楽だ。しかし、そんな反射的な反応では、あまりに主体性がなさすぎないだろうか
■子どもたちは言葉を失い、他者を拒絶する〜『メディアに心を蝕まれる子どもたち』
テレビは、見ているだけで時間が過ぎていく。何も考えずとも、いろんな情報がストックされていく。便利で楽ちんなものだけに、どんどん人を受け身にさせていく。そこが怖い。
■『平成人(フラット・アダルト)』
バブル崩壊後、大人や社会の側が抱えている「不安」にズブズブと呑み込まれるうちに、大人や社会と対峙する体温やカロリーを失っ〉た世代
■黒山もこもこ、抜けたら荒野
一時のトレンディドラマの隆盛は、まっとうに考えれば得られるはずのない暮らしぶりを、現実にあるかのごとく垂れ流しにしてきた。「異常」なものも百回、千回見せられれば「普通」に思えてしまう。そんな積み重ね、連続が「考えない若者」を欲求不満に陥れていく。もちろん「異常」を「普通」と化すことで、企業は消費を煽ってきたわけだ。
結局、「バカ」相手以外にモノをうる手段を持たない企業やテレビが、いつまでたってもバカな大人や若者を甘やかし続け、そのバカや子供が子供たちを頼まれてもいないのに企業に都合よく洗脳していくという構図がある。当事者以外はわかりきっていることだが、タチの悪いのは、彼らが今の時点では権力者を持っていることだろう。
今回はとりあえず話を企業の消費活動に絞ってみたが、実際には年功序列の弊害が出ている企業や、閉鎖的な家庭の中でも同じようなことが起きていると思っている。若者を搾取することで生き延びている日本という構図がよく見えてくる。・・・っていうか、今や私もその一員か。悲しいなぁ。
結論
■『若者殺しの時代』
あなたが「若者」の場合、堀井氏の提案は簡潔。「逃げろ」逃げるためにも、まずは「大人のお勉強」頑張ろう。逃げられないなら、若者で力を合わせて「大人」たちと闘いましょう。ってdankogaiが言ってたよ。
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