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「自分の責任」という発想を失ったら、人間はどうなるのか
落語の世界だな。あるいはSFのネタにもよいかも。

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つまり、人から「自分に責任がある」という発想をする能力そのものを取り除くんだ。
まぁよくわからんがナノマシンとかそういうもので(笑)

すると、なにか理不尽なことが起こった時に、原因を探すんだけれど、
「自分にはない」とすると、どういう発想をすることになるだろう?

この事件はそういうことだと思う。



コレは笑い話になるが、現実として、自分たちに似たようなことが起こっていないとは限らない。

第二次世界大戦の責任問題なんてのはその典型例だし、
日本の政治が悪い理由や、農薬残留野菜の問題など、
実際には消費者も原因の一端を担っていながら、「自分に責任がある」なんて考えたこともない事例というのは非常に多いはずだ。

404 Blog Not Found:真実の苦さ - 書評 - チョコレートの真実やチベット問題について語る時に、薩摩藩による沖縄のサトウキビ栽培運営や、松前藩のアイヌ虐待など考える人は少ないだろう。

もっと単純な話、私なんかは生きているだけで多くの人に迷惑をかけているが、それは普段考えないようにしている。人は基本的に、精神の安定を図るためか「自分は悪くない」と思うようにできているんだと思う。



怖いのは、こうやって普段から「責任」を考えることから逃避しようとすると、自分に関する「因果関係」や「問題点」が見えなくなってくるということだ。会社で自分の仕事がどういう意味があるとか考えなくなってしまう。自分の行動がどういう結果をもたらすか判断できなくなってしまう。

そして、この状態では周りの人から「お前が悪い」って言われたらそうなのかな?って思ってしまう。「やれ」って言われたらその通り深く考えずにしたがってしまう。詐欺師にもひっかりやすくなるだろう。そういうのがちょっと怖いなぁ、と思った。



日記:Mediocre side | 12:58:32 | Trackback(0) | Comments(0)
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