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無能なマネジャーに教育されるくらいならいっそ放任を
放任や自由のほうがましなのか、いやしかし・・・

わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる: 神話に一撃!「日本人のしつけは衰退したか」

 子どもを放任してたのはむしろ昔(高度成長期以前)で、今どきの親たちは、はるかに子どもに手間ヒマお金をかけている。現代の親たちは、「教育する家族」のマネージャーとして、しつけや教育の担当者、手配師、責任者の役割を果たしている。


つまり「学校と親が協力すれば何とかなる」という希望的観測はニセモノらしい。

新中流階級、つまり「大きな集団」に属し、判断をマスコミやら周囲の動きにゆだねてきた方々が、いくらがんばって「教育ママ」をやろうが「サッカーママ」をやろうが、結局はろくな結果にならない、という今までの希望が打ち砕かれることになる。学校の教師も、親も、どっちも無能なマネージャであり、こいつらがいくらよってたかって教育しても、子供の負担が増えるだけで無意味ですよってことなんだろう。

これは、会社における「ミドルを底上げすることで経営改善できるという発想がまやかし」という話と似ている。

会社の改革においては、最終的にはトップの関与が関与し、「制約条件(売り上げ至上主義など)」を取り除き、「選択と集中」を行うなど、方向性や評価基準といったDNA自身を変化させなければ生き残れないとされている。

同様に、子供の教育についても、国をあげての教育方針の転換(求められる能力の定義を改定)と共に、「有能な教育者」が出てこなければ、もはや子供は救われないってことかもしれない。安部首相が取り組もうとして、結局全然うまくいかなかったヤツだ。



ただ、日本には、たぶんできないんだろう。

できないなら、本気で「子供の教育に最低限必要なもの」を規定して、それ以外は子供の自由に任せたほうが良い結果が得られるような気がしてみましたよ。これは会社員の教育としても然り。(まぁこっちはモトをとらにゃいかんので制約条件はより厳しいですが)

とにかく、あんまりとやかく教育を「産業の食い物」にしてしまわないように、画一的なイメージで縛ってしまわないように。そう思います。今の受験勉強のための塾や学校なんかいくらつぶれてもかまわないので、子供の将来だけはつぶさないでほしい

金や将来をむしりとるのは、もういまさら教育しても手遅れな大きなおにいちゃんとかスイーツ(笑)な人だけでいいじゃないか。前途有望な子供には、もっといろんな可能性を提供してやってよ!


教育熱心な母親としても、もっとポイントを絞って、教養主義的な教育に投資対象を絞った方が、たぶん子供の将来に良いよ? 「受験勉強」させていることで満足してるバカ親が多いと思うけれど、はっきり言って絞込み甘甘です。高い金払って「将来何に投資するかを先送りにする権利」を買ってるだけ。子供に将来の投資対象をもっと見せておやんなさいよ。


少なくとも、

親が自分の常識内でいくらがんばってもムリ。

公立の学校の無能な教師でもムリ。

両者が協力してもムリ。



この点だけは認識しておきたい。

日記:スーツ(笑) side | 22:24:12 | Trackback(0) | Comments(0)
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