投稿日:2008-06-10 Tue
いまこそ「編集王」読みなおそうまゆたんブログ:思うこと。
基本的に、会社の認識としては、「企業と作家は対等ではなく、企業の戦略に従ってください」ということでしょう。編集者はマーケティング部の人間、マンガ家は開発部よりの人間であり、小学館の場合、開発を軽んじ、マーケティングを重く見すぎているということです。
これは、マンガが「工業製品」や「コモディティ商品」であるならば、それほどおかしな話ではない。そして、マンガの「工業化」は「編集王」の時代からくりかえし描かれています。マーケティング主導で製品開発を効率化するのは道理です。開発部門であるマンガ家は、「特許報酬」を与えられるのだからそれでいいじゃないか、と。
ハッキリ言って、効率なんかより作品を生み出す人がすべてであるといってもよいのに、経営者に経営の知識がなく、マネジメントの最大の目的が「人材の育成」になく、「効率化」であると誤解したまま組織を作ると、必ずこうなってしまうのです。
というより、「ジャンプ」という「マンガ家育成のための専門システム」が出来上がっている雑誌以外、基本的に、マンガ家というのは、サラリーマンのような扱い、しかも編集者より下になっているというのが大問題なわけです。その結果、小学館の編集者は、完全にサラリーマン化し、さらに、一部の編集者は大企業で多くみられる「クソッタレ上司」と化しています。
しかし、この編集者の認識は明らかに問題があります。なぜなら・・・編集者とマンガ家のスキルセットやキャリアパスは重ならないからです。です。マンガ家は別に出世して編集者になるというわけではない。編集者はいざとなったらマンガ家の仕事ができるかというと、出来ない。編集者の1でマンガを作ったら、マンガの価値は0になる可能性もあるし、マンガ家の1でマンガを作ったら、面白いかもしれないけれど、売れない。1+1を1にすることですら至難の業。そのため、両者がお互いの足りないところを補ったり、よいところを伸ばしたり、そのために高い志を共有したり。そういう関係でなければいけないのではないでしょうか。
さらに突っ込むと、編集者とマンガ家の目的や責任が一致しないことも問題です。特に同人上がりのマンガ家は「目に見えている読者中心」思考が強い。責任の意識は読者の側に向きやすいでしょう。一方で編集者は第一に会社に対して責任を負う。読者に関する距離感の差は大きい。
私が勤めているサラリーマン組織では、「製販一体でお客様の方向を向いて仕事をしろ」などというキレイな言葉が叫ばれてしますが、実際には 「製」が見ているお客様と「販」が見ているお客様の見ている姿が一致せず、さらに両者の関係も対等なものになっていないため争いが絶えませんよ。。ウチの会社の場合は逆に「製」(マンガ家サイド)が強すぎるため、全然売れない製品を「販」(編集サイド)に無理やり押し付け、逆に編集者が虐げられてるわけです。
つまり
今の組織のままで、マンガというものに対する認識が今のままではダメなのですよ。自分の雑誌のコンセプト、つまり「どういう読者に向けた作品を作るのか」すら決めずに、マンガ家を優遇すれば済むとか、お互いに仲良くとか、そういう単純な話じゃないんですよ。
私のブログの200回〜300回目あたりをでは、自分なりに雑誌ごとのコンセプトについて考察をしている時期がありした。その時から、小学館から出ているマンガはコンセプトがよくわからないといっています。自分が読んでいる中にテーマを感じるのは「ビッグコミックオリジナル」だけです。特にヤングサンデーという雑誌には、本当に適当だと思う。
この雑誌はすばらしい作家、面白い作品がたくさんあると思います。しかしこの雑誌の部数が圧倒的に落ち込み、真っ先に休刊になったのは、仕方がないのかな、ともおもいます。マンガ家の単行本はほしくても、雑誌としての魅力が感じられないからです。
単行本を売りたいのか、雑誌を売りたいのか、まずそれを明確にしていない。
両方なら、余計に考えなきゃいけないのに、何も考えてないように見える。
巨人軍にアンチが多いのと似ています。大物作家をいくら抱えても、まとまりがないとチームとしての魅力に欠ける。巨人軍の場合は地域密着性や歴史という下支えがあるものの、マンガはその点で仮想のものですし、拠点が目に見える形で存在しないため、非常に弱いのです。(この問題は、編集王の10巻あたりから論じられています。「とLoveる」などのエロ問題についても論じられているのでぜひ読んでみてください。)
「○●キャロット5」のように、エロゲーでただキャラが多いだけでは全然嬉しくないのも同じ。全然テーマ性のないキャラがいくらたくさんいようとも、価値が積み重ならないんですよ。むしろ苦痛に感じる。リソースの問題じゃないんですよ。絞り込み程度で質が上がるなら「ガンガンウイング」が最強雑誌じゃないとおかしいだろ、と。私がリソースの問題も考えてないと思われたのは非常に癪なのでここでも書かせていただきますけれども。
「あの作者のマンガが載っているから」そんな理由で読者を呼べるのは今のところ「Hunter×Hunter」くらい。それにしたって、今はコンビニで立ち読みする人が多いのだから、それだけでは本は売れない。そのくらい分かっているはずなのですがね。最低でも4〜5人は常に読む作家がいなければ、雑誌をわざわざ買ったりしないのですよ。
まぁそういうわけで、今回の問題を、「作家と編集だけの問題だけ」で考えても決してうまくいかない。その点を強く主張しておきたい。その下に死にいたる病が潜んでいると思う。
完全に全体がサラリーマン化して標準品しか生み出せなくなる前に社内の意識改革をするか、それとも今のままずるずるいって、マンガ関係部門を外に切り離さざるを得ない状態になるか。とりあえず、危機感は持った方がいい。
こういうことを書くと、他人事だから偉そうなことを言うんだという説もありますが、「消費者は、時に社長よりも強い権力」であり、社長が無能な時は、消費者が介入する必要があると考えています。そして、もし小学館が新しい取り組みを私たち読者の為にしてくれたなら、その時は全力で応援するべきだとおもうのですよ。
【参考】
・たけくまメモ : マンガ界崩壊を止めるためには(1)
次のエントリが非常に楽しみ。
・不倒城: 漫画家さんと編集さんの関係について、ちょっと思ったこと。
続編希望。
・これって,編集主導型の漫画編集に対する批判なのか? - WebLab.ota
・・・。
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