下調べ等不足、あと、批判対象が途中でぶれてしまっている。今は反省している。
が、支離滅裂だけど言わせてほしい。
メルマガそのものの著作権についてもいろいろ言いたいことがあるけれど、
もっとシンプルに言わせてもらおう。いいたい点は3つ。(3つめは続きから)
1:スパムメールや迷惑メールの情報をWeb上公開するのはOKですか?
親玉としては、息子を守らないければいけないのはわかっていますが
「これ以上やったらもうウチの息子じゃない」ガイドラインを作ってください。
現時点でもあると思いますが、それはザル以外の何物でもありません。
2:迷惑メールの責任を取るのは、
うぷ主(発行者)ですか?それれとも発行スタンドですか?
どちらも責任取らないなら、代理登録システムを廃止してください。
自分が読みたいメルマガは2重の面倒な手続きを用意して、
自分が読みたくないメルマガはこっちがOKもしないのに届くとはどういう了見ですか
迷惑な無料レポートスタンドの代理登録禁止でもいい。何か対処しろ!
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1.平社員業務の非正規化
2.平社員業務の外部化
3.平社員業務の自動化 - ロボ社員の登場
あなたはそれ(例外)を処理しなければならない。そして可能であれば、その例外をルーティン化しなければならない。同じ苦情が三つ続いたら、それはルーティンとしてシステムの方で対策するべきなのだ。
うちの会社はすでに課長とヒラの割合が同じくらいになってきている。
部署によっては課長の方が多いこともあるのだけれど、
「なるほどそういうことなんだなぁ」と思いながら読んだ。
その上で気になるのは「どっから手をつけていくか」ということ。
時代の流れがそういう方向性に向かっていることはわかる。でも、この「流れ」は本を読んだ人の個々の動きで対処できるものだろうか。評価制度を中心に見直していくべきだと思うが、それは誰が、どこから手をつけていくべきだろうか。
「モンスター課長」が生まれて、ヒラ社員の意欲や成長をスポイルする方向に進んでしまう危険が高いと思う現状で、この本の価値が高いことに異論はない。しかし今の評価制度では、合理的に行動するとそうなってしまうという点が見過ごされてるのじゃないかな〜。
danさんの感想が「個人」と「マクロ」のレベルの話ばかりで、組織で対処するという切り口で語られていないのが気になる。なにより、お勧めの対象が「ちゃんと課長として機能してないおまいら」になってるけど、一番の問題は課長とかヒラではなくて、人事制度にかかわる経営の仕方にあるんじゃないかな、と。
何が言いたいかというと、danさんには「社長や人事が読め」ということを強調してほしいなぁ、ということ。
せっかくキャンペーンサイトも立ち上がったことだし、
もちろん自分も読んで、できることはやっていこうと思いますが。
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私が面接における質問で判断する内容は、ごく大雑把に言うと
1:学生の中にどれほどのものがあるか
(やる気・経験・考えなど、俗にいうポテンシャル)
2:話す力
3:聞く力
の3つ。
このうち、必要条件となるのは1と3です。
そして、十分条件が2となります。
よく勘違いして2ばかり重視している人がいますが逆効果になることがある、というお話。
■即採用したいのは1〜3すべてを満たすタイプであることは言うまでもありません。
たとえばこちらの記事で紹介されているタイプの人ですね。
面接官からみた、面接で好印象を得るための5つのポイント
事前にデータを調べ、自分なりに咀嚼し、独自の視点でものを見れることを面接で証明したのです。大学のレポートをマジメに書ける人なら、この程度の受け答えは当たり前のようにできるハズです。それができないということは、口ではどんなに良いことを言っていても、結局、マジメに仕事をする気がないんだろうということになります。面接に王道はありません。結局、自分という人間をどこまでその会社の文化にあわせることができそうか、ということが問われます。
■では即死亡フラグは何か。もちろん1や3が欠けていることなのですが、必要条件とは言え、1や3があるかないかはすぐにはわからないのです。
それがもっとも簡単にわかるのは2が悪い方向に発揮された時です。
1か3の能力が低く、2が高い場合が面接では最悪ということになります。
つまり、「こいつやる気がないな」とか「こいつ人の話を聞かないな」というのは
本人が自ら明らかにしてくれるわけです。2ばかり伸ばしても逆効果ということですね。
面接本の通りの受け答えや、自己分析ばかりやっている人は、このあたりを注意してください。
※紫門ふみ作の鑑定士を主人公としたマンガ「はんなり」ではまさにこのことを語っています。
最近の偽物はよく出来ているから器の真贋は一目では分からないが、
人の真贋はすぐわかる。しゃべらせてみればボロを出す
また単行本は出ていませんが、なかなか面白い話です。
興味があれば読んでみてはいかがでしょうか。
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まぁそんなことはともかくホロ可愛いよホロ。
■旅の途中の歌詞一部
東の国の港 西の海辺
暗い森で 南の街 金の塔
北の丘 水に揺れてた同じ月が〜♪
この動画に惚れてから、いろいろ探してみた。
パンヤはパンヤでアイマスやラクガキ王国とは違った楽しみ方があるなぁ。
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おれは「死んでも」ごめんだけど・・・。
というわけで、この1週間なんとか生き延びた私は明日からは普通に更新再開。
でも・・・もうFAのこととか記憶から薄れてるな。どうしよう・・・。
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The horn of the rabbit おしらせ
業界を離れることにしました。
今年で四年なのですが、四年と言えば中学三年生なら大学生になるほどの時間で、ちょっと長くやりすぎた気もします。
これから先何をしてゆくのかはいまのところ具体的でもないのですが、まあなんとかなるか、と思っています。大体いつもそんな感じ。
なんぞこれ〜。氏の作品に出てくる主人公そのもののような生き方だ〜。
次の方向が決まっていらっしゃるなら、残念ではあるが応援もできるし
彼の次の活躍を楽しみに待てるというのに、
(もちろん小説版CARNIVALも読んで良さを知ってるが、ラノベ界にとどまる器でもなさそう)
▼行き先が決まらんでは、どう反応してよいのかわからんじゃないか〜!
他の人みたいに「残念だけどおめでと〜」って言わせてくださいよ〜。
でもこのじらしっぷりが瀬戸口氏っぽいと思わなくもない。
「悔しいっ!けど・・・」なんとやらですわ。
▼にしても、ロミヲ・麻枝・瀬戸口が終了しました、ってのは
私的には三国志で初代メンツが全員死亡したあとか、
下手をすると諸葛良孔明が死んだ後くらいに味気ないんですが。
残った「司馬懿」の役目を果たせるのはだれかいな。
そして、エロゲ業界はこのままAlicesoft帝国によって全国統一がなされてしまうのか!?
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頭の悪いスレがあったんだけど、どうしようって聞いたら
>11が「こう改造すればよくね」って言ってきた。
マジで>11は神だし。
ちなみに、テンプレート自体が面白いというよりは、
言葉足らずな説明で相手に伝わったと勝手に思い込んでると、
追加解釈でいくらでもネタにできる、ネタにされてしまうという現実が面白かった。
・・・ってこの記事だけじゃ説明不足かな、かな?
この作品は、とあるアイスクリーム会社の工場長が、売り上げ不振で閉鎖間際の工場を立て直していくというものです。その話を通して読者である私達はマネジメントの理論(シックスシグマ)の原則を学んでいきます。
こういう形式の小説は結構多いのですが、
この作品が特徴的だなぁと思ったのは、この作品が「中間管理職」が主導で問題を解決していくところです。
いろんなところで語られる現場からのボトムアップでも、経営層からのトップダウンでもあるいはお客様第一主義などという単純な話しでもありません。「中間管理職」の主人公が、全ての関係者に働きかけて工場の改革を実現していくのです。
実際お客様に聞かないと問題点がわからない、ということは確かです。しかし問題点だけがわかれば、何でも対処できるかというとそれほど甘い話ではありません。
経営側の協力が得られないと「設備」や「根本な問題の改革」ができないし、逆に現場側が主体性をもって行動しないと「品質の向上・維持」を継続することが出来ません。
お客様も含めて、それぞれが問題解決において適した役割を持っており、それぞれの関係を調整しながらよりよい環境を作っていくのが中間管理職の役割であり、それをマネジメントと呼ぶのだと思います。
こう考えると、マネジメントは複雑で難しそうに思えますが、
この話では、3つの段階に分けてお話しの中でわかりやすく説明してくれています。
それぞれの段階でどういう点が問題になっているのか、それを乗り越えるためには、どういう対応を取ればよいのかが語られまていきます。
この話でわかるのは、結局マネジメントは「人」との接し方が全てだということです。
話の中では、工場改革で問題となるのももっとも成果を挙げる要素も、そのどちらもが人なのです。そして、それぞれにどう働きかけて人間関係を作っていくか、どうやってその関係を継続できるか、より向上できるか。そんなことを話を読みながら自然と学ぶことが出来ます。
140ページほどの短いお話ですが、学べることは多いと思います。オススメ。
◆子供の声が「騒音」、自治体への苦情増加
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1046219.html
私はこの記事見て「おわりの会」の呪いから抜け出せなかった
哀れな「大人」たちという感想を持ちました。
「おわりの会」というのは、小学校において
その日の教育カリキュラムが全て終わった後にクラス単位で行われる
「儀式」のことです。詳細は個別差があると思うので思い出しながらどうぞ。
「おわりの会」に良いイメージを持っている人はいないと思います。
私は「悪いイメージ」どころではなく、
「おわりの会」ほど子供の教育によくないものはないと今でも思っています。
なぜなら、この会は子供達の「問題解決能力」を3つの意味で
制限してしまうものだと考えるからです。
3つの問題とは、
「自分の問題を自分で解決するという概念が育たない」
「優先順位を設定して問題解決にあたる能力が育たない」
「ごねれば勝ち、訴えれば勝ちという概念が育ち、
相手の事情を察するという能力が育たない」
ということです。
具体的に説明していきます。
◆個人間で解決可能な問題でも、教師やクラスの問題にしてしまう。
これにより「自分の問題を自分で解決する」能力はおろか、
そうすべきであるという概念自体を育てる機会が失われる。
「私的解決」が原則の社会で通用しない人間になってしまう。
◆大きな問題と小さな問題の区別なく無差別で報告し、取り扱う。
個人で優先順位をつけて対処するという訓練の機会を奪う。
もっと単純に「物事に優先順位がある」ということ自体知らない人が増える。
「二兎を追って一兎をも得ない」子供が出来てしまう。
◆大抵の場合、教師は、原因はおろか、真偽の追及すらしない。
責任をとりたくないためか、判断しきれないから教師に相談しているはずの生徒に
多数決という道具を与えて責任をゆだねたり、「画一的」な処理で対応する。
「原因がどうあれ、集団でごねたもの勝ち」という概念を植えつける。
これにより、問題そのものが「解決すべき問題」として認識されなくなってしまう。
論理や話し合いを重要視する心が失われ、集団に属することを重視するようになる。
集団の意思が優先され、
「他人は自分とは考え方が違う」という前提でモノを考えられなくなる。
「俺達友達だよな」と、友達だから意見も共通でなければいけないという
「個性」を押し殺す同調圧力が強い社会が小学生の時から形成される。
もちろん、小学校でいくらこの悪影響を受けようが、取り戻しはできます。
中学からの生活特に異性との関わり合いを通して
「人格の完成・個性獲得」が起こる場合が多いそうです。
しかし、そのまま変化なくずるずる行ってしまうと
「大人になることが出来ない」まま社会に放り出されることになります。
特に3番目は問題は、
環境が変わってもずっと同じ仲間とつるんでいると治らないので厄介。
「相手と自分の違いを想定できない」のは自分と他人の「分化」が未完了ということであり、
これは「大人=自立した一個の人間」とするなら、その条件を満たしていないことになります。
ぶっちゃけ、小学校ならともかく中高にもなって「集団でイジメをやってる人」というのは
「大人になりきれていない」子供の最たる例だと思います。
・・・やや私情が入りました。(高校の時は「いじめっ子」側でした。後悔してます)
とにかく「おとなの会」をやるなら、こうした「悪影響」を考慮して運営して欲しいものです。
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